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踊り念仏・一遍上人の生涯

 

一遍上人絵伝5

おびただしい群集に囲まれ身動きできない一遍上人が、

肩車されたまま念仏札を配っています。(中央右上)

 

 

一遍上人絵伝6

中央で青銅の鐘 『 鉦鼓(しょうこ) 』 を叩く浅黒い

僧侶が一遍上人。

 

 

現代の時宗・踊り念仏は、ユーチューブの

動画で見ることができますが、静かで

おだやかなものです。

 

けれども「一遍上人絵伝」で見られる踊り

念仏は、皆が念仏を高らかに唱え、

床を踏み鳴らし、騒々しくも楽しげです。

まるでディスコの様に、法悦の熱狂が

伝わってきます。

 

 

 

一遍上人(1239-1289)は、

鎌倉時代の宗教家で、時衆(時宗)を創始

しました。浄土宗を開創した法然上人

(1133−1212)の教えを継いでいます。

 

俗名を河野通尚(みちなお)といい、

壇ノ浦の戦いで源義経に加勢した

伊予の豪族、河野水軍の頭領・

河野通信の孫に当たります。

 

 幼くして浄土宗に入門。25才のとき、

 父の死によって還俗。

 

 武家として妻子を持ちましたが、

一族の相続争いで 命の危険を

感じ、33才のとき再び出家。

妻子と下女 を連れて布教の

旅に出ました。

 

 

 一遍の教えは、法然と同じように、

「 阿弥陀仏を 信じて念仏を唱えれば

往生できる、西方の極楽 浄土に

生まれ変わることができる  」 

というもので、

 

 違っていたのは、賦算(ふさん)といって

 「南無阿弥陀仏」 と書かれた 念仏札 

 を配ってまわること。

 

 のちには、これににぎやかな 『踊り念仏 』

が 加わることで、時衆は爆発的な流行を

みる ことになりました。

 

 

 彼の足跡は、岩手から鹿児島にまで

及びます。 その一生は、何もかも

捨て去り旅と布教だけに生きる生活

を貫いた過酷なもので、「断捨利」の

先駆者といえます。

 

 

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