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岩手県盛岡城跡にて安倍貞任を思う。晋三ではない。

昨日紹介した岩手県北上市の北上展勝地は、

世界遺産平泉の北方38キロに位置します。

 

さらに北へ53キロ(電車を使うと1時間半)

行くと県庁所在地の盛岡市です。

 

岩手県庁にほど近い盛岡城跡の桜

いい感じの東屋(あずまや)ですね。

 

宮野小提灯(こちょうちん)句碑。

郷土盛岡を愛した俳人だそうです。

 

「月待つや 独り古城の 松のもと」

と書かれているのですが、これよりも

看板の一句に釘付けになりました。

 

「土となる 野のあらがねや 貞任忌」

 

貞任(さだとう)!

 

あらがねは、鉱石。錆びた刃かな。

季語が無いが。そうか貞任の命日を

季語にしているんだ、泥臭くていいな・・・

 

 

 

安倍貞任(1019-1062)は平安時代の

豪族で、命日は9月17日。前九年の役

で敗死しています。

 

前九年の役とは、朝廷の命を受けた

源頼義・義家親子と、

 

奥六郡(岩手全域)の長(おさ)、

安倍頼時・貞任親子との戦いでした。

 

安倍一族は結束が強く、地の利もあって

当初は優勢でした。

 

けれど戦に長けた源頼義が出羽

(秋田全域)を支配する清原氏を味方に

引き込むと、戦況が逆転します。

 

 

貞任たちは、衣川柵(平泉周辺)から厨川

(くりやがわ)柵へと追い詰められ、終には

この本拠地で壮烈な最期を遂げました。

 

このとき、弟の宗任は義家に降り、家人

となりますが、貞任の首は京都で獄門に

さらされました。

 

容貌魁偉、身長6尺 (180cm) 余り、腰周り

7尺4寸 (222cm) の大男だったそうです。

 

 

 

貞任終焉の地、厨川柵は、盛岡城址から3キロ

北西ということですから、ここからすぐ近くです。

 

宮野小提灯句碑の説明から、

あの貞任を思い出すなんて

感慨深かったですよ。

 

 

私が安倍貞任を知ったのは、

NHKの大河ドラマでした。

 

1993年の大河ドラマ『炎立つ』より

安倍貞任役の村田雄浩と、

藤原経清役の渡辺謙

 

NHKアーカイブよりお借りしました。

https://www2.nhk.or.jp/archives/jinbutsu/detail.cgi?das_id=D0009071360_00000

 

 

藤原経清(つねきよ)は、平泉を拠点とした

奥州藤原氏の初代・藤原清衡の実父です。

 

彼は当初頼義の側にいましたが、途中で

義兄弟である貞任の側に寝返りました。

 

戦さのあと捕らわれの身となった経清を

頼義は鋸(のこぎり)引きで処刑します。

 

首を少しずつ斬り落とされる渡辺謙の

迫真の演技は忘れられません。

 

岩手県盛岡城跡にて安倍貞任を思う。

晋三ではない。

 

村田雄浩や渡辺謙は同学年か。

頑張っているなあ。

(私ではない。)

 

盛岡城跡公園敷地内にある櫻山神社

 

 

盛岡地方裁判所の石割桜

国の天然記念物

 

桜は盛りを過ぎていましたが、

その力強さは安倍貞任を彷彿させます。

 

ただ絵面として幹だけでは苦しいので

カップルを入れてみたんですよ。

 

 

 

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